2022年12月31日(土曜日)師走 旧暦九日

おはようございます。本日のお日柄は以下の通りです。

東京のお天気 : 曇り時々晴れ

最高気温 12度 / 最低気温 3度

日出  06:50/118度
日没  
16:38/241度
昼時間 
09:48

月出  12:09/ 81度
月没  
00:18/275度
正午月齢
7.7

満潮   11:10   *
干潮   4:29   18:19

つちのえ うま :(戊午)前場より後場高し

六白 : 【天 象】晴天・青空・晴天なれども悪く変われば暴風雨・霜・寒天・旋風・晩秋・十月 (成月)・十一月(亥月)・午後七時~九時(戌刻)・午後九時~十一時(亥刻)・西北方位六〇度
【色・数】白色・四・九【象 意】天・乾・父・完成・重心・円・大始動・慣性・施し・後援・権力・闘争・威厳・支配・守護・堅固・超過・投機・収穫・多忙・拡張・運動【人 物】天皇・首相・大臣・指導者・聖人・夫・主人・軍人・資本家・幼児・官吏・神官【植 物】果樹・薬草・神木・秋に咲く花

友引 : 午前中と夕刻と夜は相引で勝負なしの吉日。ただし昼は凶となります。

やぶる : 破 物事を突き破る日とされています。したがって、訴訟や談判事などには吉ですが、神仏の祭祀、祝い事などはすべて凶です。

胃(い): 公事に関与するはよろし。私事にこだわるは悪し。

ちいみ : 血忌日  血忌日(けこにち、ちこにち、ちいみび)血に関係したことを忌む日で、鳥獣の殺生や手術などに凶の日。

大祓い : 大祓は、我々日本人の伝統的な考え方に基づくもので、常に清らかな気持ちで日々の生活にいそしむよう、自らの心身の穢れ、そのほか、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることを目的としています。

除夜の鐘 : 悩は一人の人間につき108個あると言われています。大晦日に除夜の鐘を108回つくのは、これに由来しています。108個ある煩悩を鐘が一つ鳴るごとに一つ消して、来年は幸せな一年を過ごしたいという願いが込められているというわけです。

男鹿なまはげ : 泣く子はいねがー、親の言うこど聞がね子はいねがー。男鹿の人々にとってナマハゲは、怠け心を戒め、無病息災・田畑の実り・山の幸・海の幸をもたらす、年の節目にやってくる来訪神です。

出羽三山松例祭 : 千四百年の歴史を持つ、みちのく出羽三山に生まれた修験道は、時代の変還とともに、幾多の影響を被りながらも、その本質は脈々と受け継がれている。神事に携わる全ての人々の表情に浮かぶ、敬虔な祈りと熱気は、時の流れを越えて、遠く古代の人々の変わらぬ信仰を今に伝える。

◇◇◇今日のひと言◇◇◇

令和4年、私は1年間の休息の年でした。来年は復活できるのかもしれませんし、新しい生活スタイルができあがあるかもしれません。希望は持ちたいです。明るい未来をちゃんと創造できるように。今年の年越しそばは手打ちです。


☆彡 ☆彡お花の事 ☆彡 ☆彡

ナズナ(花言葉「私の全てを捧げます」)アブラナ科ナズナ属

ナズナの名前の由来は夏になると枯れることから「夏無(なつな)」や、撫でたいほどかわいい花であることから「撫菜(なでな)」など諸説あります。西洋のshepherd`s purseは「羊飼いの財布」と訳され、ナズナのハート形の果実の形を昔羊飼いが使っていた財布の形に似ていることから名前がつけられたと言われています。


彡§彡 日本の庭園と公園 §彡§彡

【岩手県】 盛岡城跡公園(もりおかじょうあとこうえん)

盛岡城は、三戸から不来方(こずかた)の地に居城の移転を決定した南部信直(なんぶのぶなお:盛岡藩初代藩主)が、慶長2(1597)年に嫡子利直(としなお:2代藩主)を総奉行(そうぶぎょう)として築城を始めたと伝えられています。城の縄張りは豊臣家重臣の浅野長政の助言によるものといわれ、北上川と中津川の合流点に突き出した丘陵上に本丸・二ノ丸・三ノ丸・淡路丸(あわじまる)など曲輪(くるわ)を配し、それぞれに雄大な石垣を構築して内曲輪(うちくるわ)=御城内(ごじょうない)としています。さらに、内曲輪の北側は起伏の激しかった現在の内丸地域を平坦にして堀と土塁で囲み、南部氏一族や藩の重臣たちの屋敷を配置して外曲輪(そとくるわ)としました。また、外曲輪の北側と東側の中津川対岸の城下も堀と土塁で囲み、武士や町人たちの屋敷街である遠曲輪(とおくるわ)=総構(そうがまえ)が配置されています。築城工事は、北上川や中津川の洪水にみまわれながらも続けられ、築城開始から36年後、おおよその完成をみた寛永10(1633)年に南部重直(しげなお:3代藩主)が入城して以降、藩政時代を通じて盛岡南部氏の居城となりました。盛岡城は、明治の廃藩置県の後明治5(1872)年に陸軍省所管となり、明治7(1874)年には内曲輪(御城内)の建物の大半が取り壊され、城内は荒廃しました。その後、明治39(1906)年に近代公園の先駆者である長岡安平(ながおかやすへい)の設計により岩手公園として整備され、市民の憩いの場として親しまれています。平成18(2006)年には開園100周年を記念し、「盛岡城跡公園」と愛称をつけました。また、「日本の名城100選」や「日本の歴史公園100選」にも選ばれています。(盛岡市HPより)

ω彡 ω彡 ご一読ありがとうございましたω彡ω彡 

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