2023年7月9日(日曜日)文月 張宿 旧暦廿二日

おはようございます。写真は安産祈願。本日のお日柄は以下の通りです。

日出  04:32/ 61度
日没  
19:00/298度
昼時間 
14:28

月出  23:09/ 86度
月没  
10:48/269度
正午月齢
20.9

つちのえ たつ:(戊辰)意外の高値あらん

友引 : 午前中と夕刻と夜は相引で勝負なしの吉日。ただし昼は凶となります。

おさん : 納 五穀の収納、商品の買い入れなどには吉ですが、婚礼、見合いなどは凶です。

虚(きょ): 衣類着始め、学問始めに吉。相談事、掛け合い事は大凶。

天おん : 天恩日 この日は天から、万物をあわれんで下界へ恩恵を下される日ですから、すべてに吉ですが、とくに屋根ふき、種まき、婚礼などによく、たとえ小悪日なら重なっても天恩日の徳がまさって妨げなしという日です。

五黄 : 【天 象】春・晴れ・雷鳴・雷雨・駿雨・稲妻・地震・噴火・三月(卯月)・午前五時より午前七時(卯刻)・東方三〇度【色・数】藍・青・薄みどり・三・八【象 意】晋・震・雷・音・虚・創始・発見・発明・革新・発育・顕現・露見・新説・鋭敏・果敢・率直・迅速・雄弁短気・病癖・偏屈・詐欺・驚愕・爆発・騒動・音・声・楽器・電気・火事・成長・伸びる・進む・独立・向上心・伝言・嘘・喧嘩・銃声【人 物】長男・青年・祭主・賢者・聾者・唖者・雷親爺・どもり【植 物】植木・盆栽・海草・茶

東京のお天気  曇り時々雨

最高気温 32度 / 最低気温 26度

満潮   8:41   21:52
干潮   3:08   15:14

東京浅草観音ほおずき市 :  7月9日・10日、浅草寺境内を彩るほおずきの屋台は、浅草の夏の風物詩である。この両日は四万六千日の縁日であり、縁日にともなってほおずき市が催される。平安時代頃より、観世音菩薩の縁日には毎月18日があてられてきたが、室町時代末期(16世紀半ば)頃から、「功徳日」といわれる縁日が設けられるようになった。功徳日とは、その日に参拝すると、100日、1,000日分などの功徳が得られるという特別な日を指す。功徳日は寺社によって異なるが、現在、浅草寺では月に1度、年に12回の功徳日を設けている。このうち7月10日は最大のもので、46,000日分の功徳があるとされることから、特に「四万六千日」と呼ばれる。この数の由来は諸説あり、米の一升が米粒46,000粒にあたり、一升と一生をかけたともいわれるが、定かではない。46,000日はおよそ126年に相当し、人の寿命の限界ともいえるため、「一生分の功徳が得られる縁日」である。四万六千日の縁日の参拝は江戸時代には定着し、われ先に参拝しようという気持ちから、前日9日から境内は参拝者で賑わうようになった。このため、9日、10日の両日が縁日とされ、現在に至る。四万六千日にともなうほおずき市の起源は、明和年間(1764〜72)とされる。四万六千日の縁日は浅草寺にならって他の寺社でも行なわれるようになり、芝の愛宕神社では四万六千日の縁日にほおずきの市が立った。「ほおずきの実を水で鵜呑み(丸飲み)すれば、大人は癪(なかなか治らない持病)を切り、子供は虫気(腹の中にいると考えられた虫による腹痛など)を去る」という民間信仰があり、ほおずきを求める人で賑わったそうである。その愛宕神社のほおずき市の影響を受け、四万六千日の大本である浅草寺にもほおずき市が立った。ちょうどお盆の季節でもあり、ほおずきを盆棚飾りに用いる方も多い。かつては、四万六千日の縁日に赤とうもろこしを売る屋台もあった。これは赤とうもろこしが落雷除けのお守りになる由の民間信仰により、文化年間(1804〜18)頃に境内で売られるようになったという。ところが明治初年(1868)頃、不作によって赤とうもろこしが出回らないことがあった。これに困ったご信徒が浅草寺に雷除けのお守りを求めた縁から、浅草寺では竹串に挟んだ三角形の守護札を授与するようになった。これが今も四万六千日に授与されている雷除札である。9日・10日の両日、いなせな恰好の売り子たちが声をあげてほおずきを売り、境内は朝から晩まで参拝者で埋まる。

鷗外忌 : 本名森林太郎。1862(文久2)年、代々津和野藩の典医を務める森家の長男として生まれました。10歳のとき父と共に上京し、ドイツ語を学び東京大学予科に最年少で入学。大学では医学を学び、卒業後軍医となりました。1884(明治17)年からは、軍の衛生学の調査及び研究のためドイツへ留学しました。帰国後は軍医としての仕事のかたわら、小説「舞姫」「雁」「山椒大夫」「高瀬舟」、史伝「渋江抽斉」などを執筆。医学・文学の評論や小説・戯曲等の翻訳、ヨーロッパ文学の紹介などを行い、明治を代表する知識人として活躍しました。1907 (明治40)年には陸軍軍医総監・陸軍省医務局長に就任、1916(大正5)年まで務めました。陸軍を退職した翌年からは、帝室博物館総長兼図書頭の職につき、上野の帝室博物館や秋には奈良の正倉院にも赴き、亡くなる直前まで仕事を続けました。千駄木団子坂上にあった「観潮楼」には家族とともに30年間、1922(大正11)年7月9日、60歳で亡くなるまで暮らしました。

◇◇◇今日のひと言◇◇◇

明日は60日毎に巡る『己巳』です。『甲子』の日と同じくらい私は大事にしたい1日です。国内株式にチャレンジしてみます。

☆彡 ☆彡お花の事 ☆彡 ☆彡

ノリウツギ(花言葉「臨機応変」)アジサイ科 / アジサイ属

ノリウツギはアジサイの仲間ですが、円錐形の花序(花房)をもつため開花時の趣は一般のアジサイと少し異なります。開花期もアジサイより遅く、花の少ない夏にはありがたい樹種です。花弁のように白く円錐花序を彩るのはしべが退化した装飾花の萼片で、雄しべと雌しべをもつ両性花には装飾花のような大きな萼片はありません。「ピラミッドアジサイ」の名で市場に出回っているミナヅキは、ほとんどの花が装飾花となり、円錐花序全体が白色で覆われます。


♡♡♡ 今日のとっておき ♡♡♡

【シリコンホイル】お魚が上手に焼けます。後片付けもらくちんなのがお気に入りです。


彡§彡 日本の庭園と公園 §彡§

【東京都 ㉔】 芝公園(しばこうえん)

都立芝公園は、明治6年1月15日に発せられた「太政官布達第十六号」に対して東京府が公園として申請した5ヶ所、上野(寛永寺境内地)、浅草(浅草寺境内地)、深川(富岡八幡宮境内地)、飛鳥山、芝(増上寺境内地)のひとつで、明治6年10月19日に認可され日本で最も古い公園です。明治35年には運動器具が備えられ、東京の公園における運動施設の始まりにもなっています。 野球場2面、テニスコート(人工芝)3面という球技施設のほか、人工の渓谷「もみじ谷」(19号地)や、5世紀に造られたと考えられている、全長106mという都内最大級の前方後円墳「芝丸山古墳」、「丸山貝塚」(1号地)や、昭和20年5月25日、太平洋戦争東京大空襲で被災しながらも逞しく命をつなぎ、秋には美しい黄葉を見せてくれる「戦災イチョウ」(4号地)などもあり、散策にも絶好です。「公園」という名が世に現れ、まだその概念が混沌としていた明治の初期、造園家長岡安平は東京府職員として「公園づくり」に独自の考えで挑み、高い評価を受けていきます。安平の仕事は全国に及びますが、芝公園の「もみじの滝」は完成当時の面影を残し、彼の作風を体験できる都内唯一の貴重な歴史資源です。公園職人の功績を令和の時代に修復された「もみじ谷」でご堪能ください。

ω彡 ω彡 ご一読ありがとうございましたω彡ω彡 

「いいね!」や、お気に入り登録もよろしくお願いします 。拝


最後までご覧いただき誠にありがとうございます。こちらからシェアしていただけます。よろしくお願いいたします。拝
ひよこ豆をフォローいただけますと嬉しいです。よろしくお願いいたします。拝
ひよこのお日柄

コメント頂けると励みになります。 いつも応援いただき深く感謝申し上げます。

タイトルとURLをコピーしました