2022年6月24日(金曜日)水無月 旧暦 廿六日

おはようございます。今日のお日柄はこんな感じです。

東京のお天気 : 曇りときどき雨

最高気温 29度 / 最低気温 26度

日出  04:26/ 59度
日没  19:01/300度
昼時間 14:35

月出  01:07/ 77度
月没  14:38/286度
正午月齢24.6

満潮   0:38   14:33
干潮  7:48   19:36

つちのえ さる :戊申)人気も相場もともに弱

赤口 : 新規の事始めはもちろん何事をするにも忌むべき日とされています。ただし正午のみ吉。

みつ : 万象万物ことごとく満溢される吉日とされています。建築、移転、開店をはじめ、婚礼その他の祝い事、種まき、動土、すべて吉です。

鬼(き): 大吉日にて祝い事よろずよろし。ただし婚礼のみ凶。

神よし : 神事祭礼、宮参りに善く、不浄のことには忌む日とされています。

東京芝愛宕千日詣り : 安藤広重の江戸名所百景では版画として採用され、三代将軍・家光の時には曲垣平九郎が急な石段を馬で駆けのぼり、幕末には勝海舟や西郷隆盛もやってきて江戸の街を見下ろし、江戸城総攻撃を回避する結果に導いたことで有名な芝の愛宕山・愛宕神社のほおづき市です。普段はものすごく静かで閑散としているこの神社ですが、この千日詣り・ほおづき市の時は出世の石段には燈明が置かれ、拝殿前には茅の輪(ちのわ:これをくぐれば病気にならないと云われる、夏のお祓いの施設)が据えられて参拝者の列ができ、境内はすれ違うのにちょっと待つくらいに賑やかになります。そもそもその場所は都心にこんもりと盛り上がる山の頂上で決して広い場所ではなく、ちょっと人が集まれば混雑状態になるわけです。ちなみにここは江戸時代には江戸市中有数の行楽地であり、展望所だったそうで、眼下にはビッシリと密集した武家屋敷や海まで見えたという幕末・明治の写真が残っています。境内には露店出ていました。数店です。隣接して気品のある飲食処、ちょっと離れてNHK放送博物館があります。お祭りは午後8時で終了し、燈明は撤去され露店も閉まるので、夕方からがとてもきれいです。出世の石段・男坂の麓には酒屋さんがあります。江戸時代の写真も残る老舗です。

清正公忌 : 加藤清正公は「妙」「法」「蓮」「華」「経」の五文字を冠した五つの寺を建立しています。25才の時に、父の菩提を弔うため難波に本妙寺を建立し、その後の越後水俣の法華寺、豊後鶴崎の法心寺、長崎の本蓮寺、肥前大村の本経寺がそれです。ちなみに、本妙寺は肥後の領主となった後にわざわざ熊本城下に移しました。この他数多くの神社仏閣、京都の本圀寺の三十三番神堂、東京池上本門寺の石段此経難持寺を建立しています。清正の善政の功績は、今なお熊本市民に慕われています。
永禄5年(1562年)6月24日尾張国(おわりのくに)生まれで、豊臣秀吉(とよとみひでよし)とは血縁関係にあり、双方の母親が従姉妹同士だったという説もあります。幼名を夜叉丸(やしゃまる)といい、9歳の頃から秀吉に仕え、元服してから加藤虎之助清正(かとうとらのすけきよまさ)を名乗りました。初陣がいつかは明らかではありませんが、賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いでは「七本槍」の1人に数えられ、その後も数々の武功を立てました。天正16年(1588年)清正はそれまでの侍大将から、いっきに肥後北半国19万5000石の領主を任命されます。清正27歳のときでした。前年に佐々成政(さっさなりまさ)が肥後統治に失敗した後を受けたものでした。入国当時の肥後は国衆(こくしゅう)と呼ばれる土豪がひしめく難治の国で、しかも長引く戦乱で国内は荒れ果てていました。当時肥後を訪れた宣教師が「これほど貧しい国を見たことがない」と書き残しているほどです。入国後清正は治山治水、新田開発などに力を入れ、また南蛮貿易に乗り出すなど、積極的に領地経営を進め、国はどんどん豊かになり、結果領民からは神様のように慕われるようになりました。今でも熊本では善政の事跡は全て「せいしょこさんのさしたこつ(清正公のなさったこと)」となるのです。文禄・慶長の役では主力として7年間戦い続け、秀吉の死後起きた関ヶ原の合戦では、石田三成(いしだみつなり)、小西行長(こにしゆきなが)らとの確執から東軍につき、小西滅亡後は肥後南半国も領して、実質ともに54万石の大大名となります。関ヶ原で東軍についたとはいえ、豊臣家に対する清正の想いは並大抵のものではなく、慶長16年(1611年)二条城(にじょうじょう)で秀吉の遺児秀頼(ひでより)と徳川家康(とくがわいえやす)を会見させることに成功しました。これで豊臣家も安泰と思われたのですが、清正は二条城の会見から熊本に帰る船中で発病し、熊本城で亡くなりました。享年50歳。奇しくも生まれた日と同じ6月24日でした。豊臣家も清正の没後わずか4年で大坂夏の陣に破れてしまいます。加藤家の菩提寺本妙寺(ほんみょうじ)では、毎年清正の命日(新暦7月23日~24日)に頓写会(とんしゃえ)と呼ばれる法要が行なわれ多くの参拝客で賑わいます。


◇◇◇今日をひと言◇◇

流行りの病で自粛が多く、浴衣を2年くらい着ていません。今年は夫婦で浴衣を着てお出かけを楽しみたいです。お友だちとの浴衣ランチも楽しいかも。着付けの練習、帯の締め方、復習練習は大事です。金魚帯じゃ若作りしすぎでしょうね。今年の流行りの帯はどんなかしら。


☆彡 ☆彡お花の事 ☆彡☆彡

朝顔(花言葉「明日も爽やかに」)ヒルガオ科 サツマイモ属

アサガオは日本で古くから親しまれている草花ですが、日本原産の植物ではなく、奈良時代に中国から渡来し、薬草として用いられたのが始まりです。観賞用として楽しまれるようになったのは江戸時代で、大きな花の「大輪アサガオ」や、葉や花がユニークに変化した「変化咲きアサガオ」が大流行しました。つる性の一年草で、あんどん仕立てやつるを長く伸ばしてカーテンのように仕立てる方法が代表的ですが、つるが伸びない矮性の品種もあります。花色には白やピンク、青、紫のほかに、覆輪部(ふくりんぶ)と花弁の中心に向かって筋状に白い模様が入る「曜白(ようじろ)」と呼ばれる模様などもあります。さらに、花の大きさも巨大輪から小輪まであり、変化に富んでいます。

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ひよこのお日柄

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