2021年11月3日(水曜日)旧暦九月廿九日

おはようございます! 今日のお日柄はこんな感じです。

お天気 : 晴れ

最高気温 22度 / 最低気温 13度

日出06:04/107度
日没16:44/251度
昼時間 10:40

月出03:45/ 91度
月没15:52/264度
正午月齢27.7

満潮  1:57  14:54
干潮  8:13  21:10

きのと う :乙卯) 浮動相場で変化なし

先勝ち : 急用や訴訟などに用いて吉の日とされています。ただし午後は凶となります。

とる : 万物の活動に育成を執行し促す日です。神仏を祀り、婚礼その他の祝い事、造作、種まきなどには吉で、金銭の出し入れ、財産整理には凶です。

壁(へき) : 新規事の開始、旅立ち、婚礼大吉。ただし南へ行くは凶。

神よし: 神事祭礼、宮参りに善く、不浄のことには忌む日とされています。

文化の日 : 自由と平和を愛し、文化をすすめる。この祝日には、国内の一部美術館や文化施設でコレクション展を中心とした入場料が無料になるようです。

東京都足立皿沼不動万灯祭 : 関東三十六不動霊場第二十五番札所・皿沼山永昌院「皿沼不動尊:さらぬまふどうそん」・天台宗寺門系「皿沼不動」の「不動明王」は、成田山から勧請したもの。「成田山」の揮額が残されています。 皿沼(さらぬま)は、東京都足立区西部の地名。江戸時代以前、この辺りは新義真言宗・實蔵寺の墓域にあたり、これを管理する御堂として「阿弥陀如来」を安置し創建されました。 江戸に徳川幕府が開かれると、皿沼周辺は幕府直轄の舎人領とされましたが、火災で焼け野原と化し、御堂も焼失してしまいましたが不思議と本尊だけは焼け残ったそうです。

 111028_6.jpg寛永二年(1625)上野の東叡山寛永寺が創建されると、幕府は同寺の寺領として皿沼一帯を寄進。これが機縁となって近隣には寺院が次々に創建されました。そして御堂も再建され、御本尊の阿弥陀仏を拝する念仏講が結成され、その活動を中心に寺勢は発展しました。

 江戸を中心に成田不動への信仰が盛んになると、講社を組んで成田山へ詣でるようになり、ついには御前立不動明王の御本尊を勧請しました。 「万灯:まんどう」とは、多くの灯火のこと。また、多くの灯明をともして、仏・菩薩を供養し、衆人の罪障を懺悔し、滅罪を祈願する法会のことをいいます。万灯祭と称して万灯供養が行なわれます。

明治神宮例祭 : 当日は、明治天皇の御生誕日にあたり、宮中より勅使の差遣がある大祭。11月3日 例祭(秋の大祭) 秋の大祭で奉納される流鏑馬

京都松尾大社上卯大祭 : 「上卯祭(醸造祈願祭)」11月 上卯日 

「中酉祭(醸造感謝祭)」4月 中酉日

古来より、卯の字は甘酒、酉の字は酒壺を意味していると言われ、酒造りは「卯の日」にはじめ、「酉の日」に完了する慣わしがあり、お酒造りにかかわる祭りの日取りもこうした昔からの慣習によるものであるとされています。稲刈りが終わり新米ができる秋、つまりお酒造りの始まる季節、毎年11月上の卯の日に執り行われる醸造安全祈願のお祭りが『上卯祭』で、このお祭りでは全国の和洋酒、味噌、醤油、酢等の醸造業はもとより、卸小売の人々も参集し、盛大に醸造安全を祈願し、守札としての大木札(だいもくさつ)を受けて持ち帰り、各々の蔵に奉斎し、お酒造りをはじめる慣わしとなっております。また年明けて、春を迎え、4月の中の「酉の日」には、醸造完了を感謝する『中酉祭』(ちゅうゆうさい)が執り行われます。また当社では、千歳講という明治時代からの講が結成され、この講員に対しては一年を通して、醸造安全、家内安全、業務繁栄等の祈願が毎朝欠かさずなされています。

〔酒神の由来〕松尾大神がなぜ“醸造祖神”として普く世の人々に仰がれ給うのか、諸説有る中、当社の故事によれば…、「神代の昔、八百萬神々が分土山(松尾山)に集い給いて神議りをなされた。しかし、当時はまだお酒と言うものがなく、そこで松尾大神が付近一帯の山田の米を蒸し、御手洗の泉より涌き出る清らかな水を汲み、一夜にしてお酒をお造りになり、大杉谷の杉の木でこしらえた器で、諸神を饗応せられると、『盡せしな甕の酒を汲上て豊の圓居をするそたのしき』と、諸神等はうたわれ大いに喜ばれ給うた。」とあることに由来するものと言われています。

〔上卯祭の起源〕この祭りの起源は、中世から近世特に江戸時代、産業経済の発達、交通機関の整備等により、全国各地の醸造家から盛んに奉納されていた“太々神楽”に由来するものと思われます。この“太々神楽”奉納について当時の文献には、造り酒屋の旦那衆の松尾大社参詣の道中の模様を記したものが各地に残されており、とりわけ、11月の“もと始め”の季節ともなると、全国各地から醸造家の方々が陸続と参詣し、太々神楽をご奉納され、醸造安全の祈願をされていたことが、当社の日次記などに残されています。以上のことから、この祭りの起源とは、個人や講、組合などから、酒業繁栄の願いを込めて奉納されていた“太々神楽”を、当社の故事や酒造りに縁の深い“11月の上の卯の日”に取り纏め、一段と盛大に“祭典”を執行し、松尾大神の御神慮を慰め奉り、より一層尊い御力を戴きたい、としたことに他ならないと思われます。

〔上卯祭と大蔵流狂言『福の神』〕祭典中、茂山社中より奉納される狂言「福の神」は、松尾大神に縁りの深いものです。「大蔵家中興の祖」と言われる“大蔵弥右衛門虎明”(1597~1662)が、祖父“虎政”(1598没)伝来のものを相違なく伝え、大蔵流最初の台本である「虎明本」の中に…、『脇狂言之類 福の神(中略)惣じて松尾の大明神が神々のさか(酒)奉行である、其故に先松尾へしむ上せいでは神々のうけとらせられぬよ』とあります。すなわち、虎政の活躍した室町時代末期から安土桃山時代にかけて、すでに松尾大神が酒奉行である(醸造祖神)と、普く世の人々に信仰されていたことを芸能史の上からも知ることができます。

  ◇ ◇ ◇ 感想をひとり言 ◇ ◇ ◇

松尾大社は市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと)。恋愛成就のご利益を授かろうと松尾大社に訪れる方は、本殿左前に祀られている相生(あいおい)の松に祈願すると良いでしょう。私も参詣したい場所です。

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